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九十九屋さんたの妖怪古今録

天神さま

七年祭りとはいつから始まったのか

福岡にいった時に、時間を作って、太宰府に行って来ました。
太宰府といえば、京都の北野と共に有名な、天神さまを祭る天満宮ですね。日本各地にある天神さまの一大拠点、
では「天神さま」とは誰なのでしょう。

みなさんご存知だと思いますが、菅原道真公、管公であります。
道真公は都で宇田天皇に重用され、活躍しました。しかし、藤原氏の策略により、都を追われ、太宰府に左遷されました。左遷という言葉では、役職を追われ閑職に追われた印象を持つと思いますが、内実は我々が想像するよりも酷いものでした。太宰府までの旅費や随員は自ら用意しなくてはならず、落ち着いた先の屋敷も荒れ果てていました。任地に落ち着いたものの、実際には役目も与えられませんでした。また子供たちも流刑に処されました。そのまま数年で失意のまま都に戻る事なく没しました。
道真の死後、都では落雷などの天変地異が起こり、それが道真の怨霊の仕業ではないかと噂されるようになりました。
その後、雷を操ると恐れられたことから、天神して天満宮で祀られるようになったということです。

天神さまが学問の神様とされているのは、道真が幼い頃から学問に秀でており、神童と言われたことによります。

 さて、前回紹介しましたお祭りの話で最後に名前が出ました藤原時平。彼こそが、時の帝に讒言し、菅原道真を陥れた人物とされており、初期に亡くなっています。その子孫が東国に逃れてきたのが、この祭りのはじまりともいえるのです。